現在、日本の教育は受験を中心に回っています。
特に首都圏はその傾向が顕著です。
これは、日本がパラダイム(枠組み)として受験システムを採用しているからです。
あるパラダイム(枠組み)がある時、その上部構造である要素(ここでは塾です)はそのパラダイムへの適応度を高めていきます。
適用度が高くなるとは、ここでは結果への「効率度」が高くなっていくということです。
いかに効率よく成績を上げられるか。
いかに効率よく受験結果をだせるか。
そこでは、次のようなことが起こります。
問題の意味が分からなくても解けるように公式化をする。
その公式を暗記させる。
その結果、子供たちは自分が何をやっているのだかよく分からないけれど問題が解ける。
「どう考えてこう解いたの?」と尋ねても「こう解けって言われたから。」と答える子供。
たしかに、あらゆる問題を分析しパターン別に分け、それを全て子供たちに覚えてもらえば
テストという結果はでやすいでしょう。
しかし、これは本当に子供のためになっているのでしょうか。
これが、本当に私たちが目指していた教育の形だったのでしょうか。
上記のような言われたことをしっかりと暗記するだけの「暗記教育」。
これは、努力すればするほど成果がついてくる時代には有効でした。
処理の効率化がそのまま成果に結びつくからです。
しかし、現代は、変化がとても激しい時代です。
今、学ばなければいけないと言われている「知識」はすぐに古いものになってしまいます。
つまり、子どもたちが社会にでる頃には、今はまだ存在していない「何か」を学ぶ可能性が高いということです。
そして、その「何か」は、現在よりさらに多様化しているはずです。
学びは、学生時代で終わるわけではありません。
これから先ずっと継続的に続けていく必要があります。
ですから、子どもの時代から「自分で学ぶ力」をつけておく必要があります。
「学ぶ力」を中心に必要な力をつけていく。
「自分で学ぶ力」を持った子どもは、とてつもない飛躍をする可能性があります。
なぜなら、そこには次の意識変化が起こるからです。
「自分で学ぼう」という主体性をもった子どもは、次のような良い流れを生み出します。
もちろん、従来の教育方法でも、「主体性」をもって自ら学ぶ子どもはいます。
しかし、それは、環境や性格からそのような「主体性」を手に入れている可能性が高いです。
つまり、運の要素が強いということです。
仕組みとしての現在の教育方法では、どうしても「受け身」になってしまう子どもが多くなってしまうのではないでしょうか。
そこで、「主体性」のある子どもを育てる「仕組み」を作ることが大切なのではないか、と私たちは考えました。
レオルの生徒たちは、この教育方式で大きな飛躍をとげています。